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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)99号 判決 1976年10月15日

大阪市南区難波新地一番町二番地

原告

株式会社 丸正

右代表者代表取締役

政木一郎

右訴訟代理人弁護士

石川元也

永岡昇司

大阪市東区大手前之町大阪合同庁舎第三号館

被告

東税務署長

田村英雄

右指定代理人検事

上野至

岡崎真喜次

右指定代理人法務事務官

秋本靖

右指定代理人大蔵事務官

筒井英夫

岡崎成胤

丸明義

主文

一  被告が原告の昭和四二年一一月一日から昭和四三年一〇月三一日までの事業年度の所得に対する法人税につき原告に対し昭和四四年六月三〇日した

1  所得の金額を七三、五六二、三一九円とする更正(国税不服審判所長が昭和四五年六月三〇日一部取り消した後のもの。)のうち七三、五六二、一八二円三一銭をこえる部分

2  過少申告加算税賦課決定(国税不服審判所長が一部取り消した後のもの。)のうち右七三、五六二、一八二円三一銭をこえる部分に対応する部分

は、いずれもこれを取り消す。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一、原告の申立て

1  被告が原告に対し昭和四四年六月三〇日した

(一) 原告の昭和四二年一一月一日から昭和四三年一〇月三一日までの事業年度の所得に対する法人税にかかる更正(国税不服審判所長が昭和四五年六月三〇日一部取り消した後のもの。)

(二) 過少申告加算税賦課決定(国税不服審判所長が昭和四五年六月三〇日一部取り消した後のもの。)は、いずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立て

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求の原因

1  原告は、貸ビル業を営むものであるが、昭和四三年一二月三一日、昭和四二年一一月一日から昭和四三年一〇月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という。)の法人税について所得の金額を別表一、(一)記載のとおり申告した。

2  被告は、昭和四四年六月三〇日、別表一、(二)記載のとおり、右申告にかかる所得の金額を更正し、かつ、過少申告加算税を課し、原告は同年七月その旨の送達を受けた。

3  国税不服審判所長は、昭和四五年六月三〇日、被告のした更正、決定のうち別表一、(二)記載の各金額をこえる部分を取り消した。

4  しかし、被告がした右更正、決定(国税不服審判所長が一部取り消した後のもの。)は、原告の本件事業年度の所得の金額を誤つて認定しており、違法である。

二、被告の答弁

原告の主張する請求原因事実第1.ないし第3.項はいずれも認める。

三、被告の抗弁

1  被告がした更正にかかる所得の金額(裁決によつて一部取り消された後のもの。)の内訳は、別表一、(四)記載のとおりである。

2  このうち「収用等に伴う補償金の特別勘定繰入額の限度超過額」の計算は、次のとおりである。

(一) 原告は、別紙目録(一)記載の土地建物(以下本件土地建物という。)の真実の所有権者であり、本件建物を訴外政木武二郎および訴外中央商事株式会社ほか一三名に賃貸していた。

ところが、昭和四三年六月二一日、原告と本件土地建物の前所有者訴外鄭天順との間の所得権移転登記請求訴訟において、利害関係人政木武二郎、同政木一郎を交え、次のような和解が成立した。

(1) 訴外鄭天順は、利害関係人政木武二郎に対し、本件土地につき所有権移転登記手続をする

(2) 訴外鄭天順は、利害関係人政木一郎に対し、本件建物につき所有権移転登記手続をする。

(3) 訴外鄭天順は、原告に対し、原告が本件建物につき賃借権を有していることを認める。

すなわち、右和解においては、名義上、訴外政木武二郎が本件土地の所有権者、訴外政木一郎が本件建物の所有権者、原告が本件建物の賃借権者とされた。

(二) そのため、昭和四三年一〇月一五日、大阪都市計画街路事業築港深江線の起業者大阪市長および大阪都市計画都市高速道路事業二号線の起業者阪神高速道路公団と原告(ないし訴訟政木武二郎、同政木一郎) との間において、土地収用法第五〇条に基づき、訴外政木武二郎は右起業者らに対し本件土地を譲渡する、訴外政木一郎は、右起業者らのため同月二〇日までに本件建物を他の土地に移転させ、原告はこれについて同意する、右起業者らは、原告らに対し別表二、<1>ないし(3)記載のとおり補償金(以下本件補償金という。)を支払うという和解が成立した(その後、原告は本件建物を取り毀して本件土地を明け渡した。)。

(三) 本件補償金のうち別表二、<4>記載の補償金合計一七、五〇一、〇〇〇円は、訴外政木武二郎が事実本件建物の三階の一部を賃借していたから、同人に帰属すべきものであるが、その余の本件補償金(別表二、<5>参照)はすべて

(四) ところで、租税特別措置法第六四条の二第一項にいう補償金の額(いわゆる対価補償金の額)は、別表二、<7>記載の補償金の額、すなわち、

(1) 訴外政木武二郎に対する土地対価補償金の額一一三、九一二、九六〇円(本件土地の対価補償金である。)

(2) 訴外政木一郎に対する建物移転費用補償金の額二〇、六八九、七〇〇円(本件建物の対価補償金とみなされる。)

(3) 原告に対する建物移転費用補償金の額六、五〇〇円(本件建物の対価補償金とみなされる。)、

(4) 原告に対する収益補償金の額の一部一一、一四四、一〇七円(本件建物の対価補償金とみなされる。)、

合計一四五、七五三、二六七円であり、

(5) 原告に対する動産移転費用補償金一一、〇〇〇円、

(6) 原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円

は、いずれも右対価補償金に含まれない。

本件の場合、右(1)が本件土地の対価補償金に当たり、(2)、(3)が本件建物の対価補償金とみなされることは原告の認めるとこであるから、右(4)ないし(6)について被告が主張するところを明らかにする。

((4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円について)

一般に、収益補償金は、収用等に伴い土地所有者または関係人の営む事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補償にあてるものとして交付を受ける補償金であり、本来の事業活動による収益に代わるべきものであるから、対価補償金に該当せず、法人の当該事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入すべきものである。

もつとも、国税庁長官通達「収用等の場合の課税の特別に関する法人税の取扱について」(昭和三八年直審(法)一五六)第一八項は、一定の場合、収益補償金名義で交付を受けた補償金を対価補償金に振り替えることを認めている(別表三参照)。

原告が本件建物の対価補償金として受領した金額は、前記(2)、(3)の各補償金合計二〇、六九六、二〇〇円である(前記(5)、(6)の各補償金が本件建物の対価補償金に当たらないことは後に述べるとおりである。)。

そこで、被告は、(4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円のうち別表三記載の式に従つて計算した金額一一、一四四、一〇七円を本件建物の対価補償金に振り替えた。

((5)原告に対する動産移転費用補償金一一、〇〇〇円について)

移転補償金は、資産の移転に要する費用の補填にあてるものとして交付を受ける補償金であり、法人の当該事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入され、現実に経費として支出されたときは損金の額に算入されるべきものである。

そうすると、(5)原告に対する動産移転費用補償金一一、〇〇〇円が本件建物の対価補償金に該当しないことは明らかである。

((6)原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円について)

前記起業者らが昭和四三年七月一七日大阪府収用委員会に提出した裁決申請書には「8損失補償の見積及びその内訳(1)政木武二郎に対する補償イ土地に対する補償金八三、一八〇、六九八円」「内訳土地の更地価格(m2当り)三四三、二〇〇円」と記載されていること、その後右起業者らと原告(ないし訴外政木武二郎、同政木一郎)との間において、本件土地の対価補償金の額は一一三、九一二、九六〇円(土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正則)第七一条および公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月一九日閣議決定)に基づき、鑑定人の鑑定を参考として定められた更地価格一平方メートル当り三七六、〇〇〇円を基準として算定したもの。)とし、本件建物の移転費用補償金の額は二〇、六九六、二〇〇円とする合意が成立し、これを受けてそのまま前記和解が成立したことおよび本件土地の更地価格は不動産鑑定士等の鑑定によれば、一平方メートル当り三六九、〇〇〇円ないし三七五、〇〇〇円であり、また、本件土地の近傍類地(心斉橋筋から三休橋筋に至る区域)の同一公共事業による買収、和解、収用価格は、一平方メートル当り三〇八、五〇〇円ないし四八三、九〇〇円であるが、そのうち本件土地より良好な心斉橋筋、丼池筋の土地を除くと、本件土地の右更地価格一平方メートル当り三七六、〇〇〇円とほとんど異るところがないことにかんがみると、訴外政木武二郎名義で原告に対して支払われた土地対価補償金一一三、九一二、九六〇円は本件土地の対価補償金として十分なものであり、結局、原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円は本件土地の対価補償金となんらかかわるところがないといわなければならない。

また、一般に、借家人補償金は、建物の全部または一部を現に賃借りしている者に対し、収用等により賃借りを継続することが著しく困難となると認められる場合に、その者があらたに当該建物に照応する他の建物の全部または一部を賃借りするために通常要する費用および従前の建物の全部または一部の賃借料があらたに賃借りする建物について通常支払われる賃借料相当額に比し著しく低額であると認められるときにおけるその差額について補償するものであり(建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和三八年建設省訓令第五号)第三四条参照)、移転補償金と同一の性質をもつものであるところ、前記和解においても原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円はそのような趣旨の補償金とされている。しかし、本件建物の借家人は訴外政木武二郎および訴外中央商事株式会社ほか一三名であり、原告が本件建物の借家人でなかつたことは原告が自ら認めるところである。

そうすると、原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円は、本件土地に対する対価補償金に当たらないことはもちろん、本件建物に対する対価補償金にも、一般にいう借家人補償金も該当せず、結局、原告の雑収入と解するほかないこととなる。

なお、原告が援用している建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準の運用方針(昭和三八年四月一三日建設事務次官通達)第一二は、単に借家人に対する補償金の額を算定するための式を示したものであつて、土地建物の対価補償金のうち借家人に対して補償されるべき計算方法を示したものではないから、これに基づく原告の主張は失当である。

また、原告は本件土地の更地価格が一平方メートル当り六五三、九五九円であるなどと主張するが、右主張は本件土地より優れた土地の更地価格を根拠とするものであるから、理由がない。

(五) 本件土地建物の譲渡直前の帳簿価額は別表四記載のとおりである。

(六) そうすると、原告の本件事業年度における租税特別措置法第六四条の二に基づく特別勘定繰入限度額は、別表五の算式に従つて計算すると、一三二、六八五、九〇三円となることが明らかである。

(七) ところが、原告は本件事業年度において二〇六、六五四、二六二円を特別勘定に繰入れたから、結局、特別勘定繰入額の限度超過額は七三、九六八、三五九円となる。

四、原告の答弁

1  被告の主張する抗弁事実第1項のうち、「未納事業税引当損の益金算入額」および「過誤納市民税の受入額の益金不算入額」は認めるが、「収用等に伴う補償金の特別勘定繰入額の限度超過額」は否認する。

2  同第2項(一)ないし(三)は認める。

3  同第2項(四)のうち、(1)訴外政木武二郎に対する土地対価補償金の額一一三、九一二、九六〇円が原告に対する本件土地の対価補償金であり、(2)訴外政木一郎に対する建物移転費用補償金の額二〇、六八九、七〇〇円および(3)原告に対する建物移転費用補償金の額六、五〇〇円がいずれも原告に対する本件建物の対価補償金とみなされることならびに被告が収益補償金、移転補償金、借家人補償金一般について説くところは認めるが、その余の事実は否認する(本件土地建物の対価補償金は別表二、<6>記載のとおりである。)。

すなわち、(4)原告に対する収益補償金の額三二、四〇〇、〇〇〇円のうち一六、八〇四、〇三〇円が本件建物の対価補償金に振り替えられるべきであり、(5)原告に対する動産移転費用補償金一一、〇〇〇円も本件建物の対価補償金である。また、(6)原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円のうち五七、七七九、五一六円は本件土地の対価補償金であり、一〇、五一七、七八四円は本件建物の移転費用補償金すなわち対価補償金である。

これを詳述すると、次のとおりである。

((6)原告に対える借家人補償金六八、二九七、三〇〇円について)

一般に、土地所有者または関係人は、その権利の目的となつている資産が買い取られ補償金を取得するときは、その総額についてのみ関心をもち、補償金の内訳について関心をもたないが、起業者は、公共用地の取得に伴う損失補償基準綱(昭和三七年六月一九日閣議決定)があるため、補償金の総額が決定した後に、適当な補償項目にこれを割り振ることを常とする。しかし、本来、土地建物の補償金の額の算定は、起業者が取得する土地建物の正常な取引価格をもつて補償し、賃借権等の目的となつている土地建物に対しては当該権利がないものとして算定した額から当該権利の価格を控除した額をもつて補償することを基本原則とすべきものである(建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和三八年建設省訓令第五号)第八条第一項、第一〇条、第一五条参照)。

以上によつて本件をみると、本件起業者らは、前記和解において、名義上、訴外政木武二郎が本件土地の所有権者、訴外政木一郎が本件建物の所有者、原告が本件建物の賃借権者であるため、本件補償金の総額が決定した後に、これを別表二、<1>ないし<3>のような補償項目に割り振つたにすぎないことが明らかである。しかし、本件土地建物の実質的な所有権者は原告であるから、本件土地建物の補償金は本来原告に対して支払われるべきものであり、しかもその総額は訴外政木武二郎に対する本件土地の補償金の額、訴外政木一郎に対する本件建物の補償金の額および原告に対する借家人補償金の額の合計額と一致すべきものである。

そうすると、原告に対する借家人補償金の額六八、二九七、三〇〇円は、その実質において、本件土地の対価補償金の額および本件建物の移転費用補償金すなわち対価補償金の額の合計額にほかならないところ、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準の運用方針(昭和三八年四月一三日建設事務次官通達)第一二(別表六参照)に従えば、右六八、二九七、三〇〇円のうち五七、七七九、五一六円が本件土地の対価補償金であり、一〇、五一七、七八四円が本件建物の移転費用補償金すなわち対価補償金と解すべきこととなる(このように解してはじめて、起業者らが本件土地建物に対する買取りについて、憲法第二九条第三項にいう「正当な補償」をしたこととなるのである。)。

被告は、原告に対する借家人補償金の額を除いても、本件土地の対価補償金の額が適正であると主張するが、不動産鑑定士都築保三の鑑定の結果(甲第五号証)によれば、本件土地の昭和四三年一〇月一五日当時の価格は一九七、七八六六六〇円(一平方メートル当り六六二、四二八円)であり、右価格は訴外政木武二郎に対する土地対価補償金の額に原告に対する借家人補償金の額の一部五七、七七九、五一六円を加えた額をなお上まわつているから、被告の右主張は失当である。また、被告の主張する同一の公共事業による買収、和解、収用価格は、当該土地建物についての他の権利がなかつたかどうか判然としないのみならず、買収、和解価格は起業者の圧力のもとに成立したものが多く、収用価格もこれを不服とするものが多いから、これに基づく被告の主張も失当である。

((5)原告に対する動産移転費用補償金一一、〇〇〇円について)

(6)原告に対する借家人補償金六八、二九七、三〇〇円と同様の理由により、本件建物の対価補償金と解すべきである。

なお、原告は、動産を移転するために一一、〇〇〇円を現実に支出したことはない。

((4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円について)

原告が本件建物の対価補償金として受領した金額は、前記(2)、(3)、(5)の各補償金の額全部および(6)の補償金の額の一部一〇、五一七、七八四円、合計三一、二二四、九八四円であるから、国税庁長官通達「収用等の場合の課税の特例に関する法人税の取扱について」(昭和三八年直審(法)一五六)第一八項に従えば、(4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円のうち別表三記載の式によつて計算した金額一六、八〇四、〇三〇円を本件建物の対価補償金に振り替えるべきである。

以上要するに、本件土地の対価補償金の額は一七一、六九二、四七六円、本件建物の対価補償金の額は四八、〇二九、〇一四円、総計二一九、七二一、四九〇円となる。

4  同第2項(五)は認める。

5  同第2項(六)、(七)は否認する(もつとも、原告が本件事業年度において二〇六、六五四、二六二円を特別勘定に繰り入れたことは認める。)。

以上によれば、原告の本件事業年度における特別勘定繰入限度額が二〇六、六五四、二六二円となることは計算上明らかであり、被告の主張するような「収用等に伴う補償金の特別勘定繰入額の限超過額」が存在しないことは明らかといわなければならない。

第三、証拠

一、原告

1  甲第一ないし第九号証を提出した。

2  証人政木武二郎の証言を援用した。

3  乙第九号証の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

二、被告

1  乙第一ないし第一四号証を提出した。

2  証人田中義忠の証言を援用した。

3  甲第六号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、原告の主張する請求原因事実第1ないし第3項は当事者間に争いがない。

二、被告の主張する抗弁事実第1項のうち「未納事業税引当損の益金算入額」および「過誤納市民税の受入額の益金不算入額」は原告の認めるところである。

三、租税特別措置法第六四条の二は収用等に伴い特別勘定を設けた場合の課税の特例について規定するか、同条にいう「補償金・・・・・の額」とは、名義がいずれであるかを問わず、資産の収用等の対価とみなされるもの(以下対価補償金という。)の額をいい、収用等に際して交付を受ける移転料その他当該資産の収用等の対価たる金額以外の金額を含まない(同法第六四条の二第一項、第六四条第一項第一号、第三項、第二項第二号)ところ、被告の主張する抗弁事実第2項(一)ないし(三)および(四)のうち(1)訴外政木武二郎に対する土地対価補償金の額一一三、九一二、九六〇円が原告に対する建物移転費用補償金の額二〇、六八九、七〇〇円および(3)原告に対する建物移転費用補償金の額六、五〇〇円がいずれも原告に対する本件建物の対価補償金であることは当事者間に争いがない。

四、ところで、前記(6)原告に対する借家人補償金の額六八、二九七、三〇〇円が文字どおり借家人としての原告に補償されたものであると解することができないことは、前記争いのない事実(被告の抗弁事実第2項(一)ないし(三))に照らして明らかであるが、それが本件土地の対価補償金または本件建物の移転補償金(対価補償金)たる実質を有するものの額であるかどうかについては、なお検討を要するところである。

1  原告に対する借家人補償金の額六八、二九七、三〇〇円は本件土地の対価補償金に当たるか。

成立に争いのない甲第二、第三号証、第五号証、第七ないし第九号証、乙第一〇ないし第一四号証、右甲第九号証によつて真正に成立したと認められる甲第六号証、弁論の全趣旨によつて責正に成立したと認められる乙第九号証、証人田中義忠、同政木武二郎の各証言ならびに弁論の全職旨を総合すると。

(一)  本件土地は、いわゆる船場の繊維問屋街丼池筋の東側に位置し、その南側で北久太郎通り(幅員約八メートル)に面する長方形の土地(東西(間口)約一〇メートル、南北(奥行)約二九メートル。実測地積三〇二・九六平方メートル(九一・六五坪)。)であり、店舗、営業所の敷地として最も適すること、

(二)  丼池筋付近の土地は繊維問屋の店舗、事務所等として使用されており、その地価は一般に極めて高いが、とくにこれが売買の対象となることは稀であるためこれを買いとろうとするときは実勢以上の高い価格となる反面、右のような商業上の用途に適合する土地は必ずしも広範囲にわたるものではなく、距離的には遠くない土地についても、その価格相互間に相当の離りがみられることがあること、そして、大阪都市計画街路事業築港深江線および大阪都市計画都市高速道路事業二号線(いずれも東西に走る道路)の各建設に伴い、昭和四〇年ごろから丼池筋付近の土地の価格のうちには投機的な要因を含み、不相当に高騰するものもあつたこと、

(三)  本件起業者らは、本件土地について土地収用法第五〇条の和解が成立した昭和四三年一〇月一五日当時、本件土地付近において、右各道路の敷地の九〇パーセントをこえる部分の所有権を取得していたが、その取得価格は、おおむね、丼池筋からその東側にある三休橋筋にかけて逓減し、したがつて、丼池筋に面した角地には昭和四三年七月三〇日一平方メートル当り四八三、九〇〇円で収用されたものもあるが、一方、昭和四三年三月三〇日一平方メートル当り三〇八、五〇〇円で買い取られた土地もあること、

(四)  本件土地は比較的丼池筋に近いか、その西側(丼池筋側)の土地は昭和四三年三月三〇日一平方メートル当り三六九、二〇〇円で買い取られ、さらにその西側の土地は昭和四三年七月三〇日一平方メートル当り三七六、〇〇〇円で収用されているが、本件土地の東側(三休橋筋側)の土地は昭和四三年三月三〇日一平方メートル当り三四八、八〇〇円で買い取られ、さらにその東側の土地は昭和四三年三月三〇日一平方メートル当り三〇八、五〇〇円で買い取られていること、

(五)  本件土地についてされた鑑定のうち不動産鑑定士都築保三のした鑑定(甲第五号証)は、昭和四三年一〇月一五日当時一平方メートル当りの敷地価格を六五三、九五九円(これは本件土地上に本件建物が存在することにより一〇パーセントの建付減価を認めた価格であり、更地価格は七二六、六二一円)とするものであるが、その鑑定方法はいわゆる市場資料比較法を採用しながら比準すべき事例の選択を誤り、当該土地そのもの価格を十分把握していないことにかんがみると到底採用できないこと、しかし、住友信託銀行株式会社本店不動産部のした鑑定(乙第一〇号証)は、昭和四三年六月二九日当時一平方メートル当りの更地価格を三七五、〇〇〇円とするものであり、日本不動産研究所大阪支所のした鑑定(乙第一一号証)は、昭和四三年七月一日当時一平メートル当りの更地価格を三六九、〇〇〇円とするものであつて、標準的な規模形状を基準としながらも、互いにほぼ符号するばかりでなく、これを基礎として本件土地付近の土地の買取り、和解、収用がされたことにかんがみるとこれらによつて本件土地の対価を算定することもあながち不合理といえないこと。

(六)  本件土地付近の土地の取引例等(甲第六ないし第八号証)は、当該土地買主等が積極的にその土地を買うことを望んだ場合の価格であつて必ずしも正常な取引価格を反映していないものがあるのみならず、本件土地付近の土地には前記のような特殊な事情があるのであるから、これらをもつて直ちに本件土地の価格を云々することはできないこと

が、それぞれ認められる。

以上の事実を総合すると、昭和四三年一〇月一五日当時における本件土地の更地価格は、一平方メートル当り三七六、〇〇〇円をこえないものといわなければならず、したがつて、昭和四三年一〇月一五日、本件起業者らが原告に対し本件土地の対価補償金として一一三、九一二、九六〇円を訴外政木武二郎名義で支払うこととしたところは、本件土地の対価補償金として十分なものというべきである。

そうすると、本件借家人補償金の全部または一部が本件土地の対価補償金に当たるとみる余地は全くないといわなければならない。

2  原告に対する借家人補償金の額六八、二九七、三〇〇〇円は本件建物の対価補償金とみなされるか。

前記甲第二、第三号証、第五号証、乙第九号証、第一四号証、証人田中義忠、同政木武二郎の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  本件建物は、昭和二六、七年ごろ別紙目録(一)記載のとおり建築されたが、昭和三〇年、三四年に増築され、別紙目録(二)記載のとおりとなつたこと、

(二)  本件起業者らは、原告に対し、昭和四三年一〇月一五日、本件建物の移転補償金(対価補償金)として、訴外政木一郎名義で二〇、六八九、七〇〇円(本件建物そのものの移転に要する費用)および原告名義で六、五〇〇円(本件建物の造作等の移転に要する費用)、合計二〇、六九六、二〇〇円を支払うこととしたが、右移転補償金(対価補償金)は、本件起業者らが、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月一九日閣議決定)に従い、原告において本件建物を移築する(移築工期五か月)という前提で、本件建物の推定再建設費一平方メートル当り二七、六〇〇円に移築補償率〇、七一〇を乗じて一平方メートル当り一九、五九六円を求め、これに本件建物の延床面積八二四・三六平方メートルを乗じた物件移転料一六、一五四、一〇〇円(一〇〇円未満切捨て)および移転先選定費六九三、八〇〇円(一〇〇円未満切捨て)、合計一六、八四七、九〇〇円を見積り、これを一応の基準として承諾した金額であること、

(三)  そもそも建物等を移転させるものとして算定した補償金の額は当該建物の正常な取引価格をこえることはないのが一般の取扱いであるというべきところ(土地収用法第七九条、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月一九日閣議決定)第二六条参照)、右移転補償金(対価補償金)二〇、六九六、二〇〇円は不動産鑑定士都築保三が鑑定した本件建物の昭和四三年一〇月一五日当時における価格一五、五六五、九六〇円を五、一三〇、二四〇円もこえるものであること

が、それぞれ認められる。

以上事実を総合すると、昭和四三年一〇月一五日、本件起業者らが原告に対し本件建物の移転補償金(対価補償金)として二〇、六九六、二〇〇円を支払うこととしたところは、本件建物の移転補償金(対価補償金)として十分なものといわなければならない。

そうすると、本件借家人補償金の全部または一部を本件建物の移転補償金(対価補償金)とみなすという余地もないこととなる。

3  そうだとすると、前記(6)原告に対する借家人補償金が、その名義はともあれ実質的にどのような目的で原告に対して交付されたかが問われなければならないこととなるところ、以上認定の事実に成立に争いのない乙第四、第五号証、第七号証、前記乙第一四号証、証人田中義忠、同政木武二郎の各証言ならびに弁論の全趣旨を併せ考えると、

(一)  原告は、昭和四三年一〇月一五日当時資本金九五〇、〇〇〇円の貸ビル業を営む同族会社であつて、本件事業年度の前の事業年度において一五一、〇六八円の利益を繰り越したが、本件事業年度において家賃収入三、二六七、五〇〇円をあげたにすぎず、結局、当期欠損金三九〇、〇九〇円を計上せざるをえなかつたこと、本件起業者らは原告に対し収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円を支払つており、これは営業補償金として低額に過ぎるとはみられないこと、

(二)  本件起業者らは、昭和四二年二月から同年八月までに、本件建物の貸借人訴外中央商事株式会社ほか一三名ら(賃借面積合計七〇六、五七平方メートル)との間で借家人補償金(あらたに他の建物を賃借りするために通常要する費用および本件建物の賃借料とあらたに賃借りするための賃借料相当額との差額の合計)六七、〇五八、八〇〇円を支払う合意が成立したが、その後、昭和四三年六月二一日、原告が訴外鄭天順に対し本件土地建物の所有権移転登記手続を請求した訴訟において和解が成立し、同和解において原告が本件建物の賃借人名義となつていたため、本件起業者らは、右借家人補償金を支払つたほかに、昭和四三年一〇月一五日、原告に対し借家人補償金として六八、二九七、三〇〇円を支払つたこと

(三)  本件起業者らは、本件土地の所有権を取得することによつて原告が受ける損失の補償の額について昭和四三年一〇月一五日まで原告との間に容易に意見の一致をみなかつたばかりでなく、そのころ、すでに本件土地以外の土地の収用等がほぼ完了しており、起業者として前記事業を早急に完成させるため、名目さえつくならば、その限度で原告に対して支払う補償金の額を増すこともやむをえないと考えていたこと

が、それぞれ認められる。

以上の事実によれば、前記借家人補償金六八、二九七、三〇〇円が、前記収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円とともに収益補償金たる実質を有するものということも困難であるが、だからといつて、本件起業者らが、訴外中央商事株式会社ほか一三名らに対して借家人補償金を支払つたほか、本件建物の名義上の賃借人たる原告に対し、借家人補償金をいわば二重払いしたとただちに論断することも躊躇せざるをえないのであつて、結局、前記借家人補償金は、さして合理性のあるものとは解されず、対価補償金の実質を有しないその他の補償金というほかないのである。

五、つぎに、前記(5)原告に対する動産移転費用補償金の額一一、〇〇〇円が本件建物の対価補償金に当たるかどうかについて検討する。

一般に、動産移転補償金は動産の移転に要する費用の補填にあてるものとして交付を受ける補償金であるから対価補償金に当たらず、法人の当該事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入され、それが現実に経費として支出されたときは損金の額に算入されるべきことは被告の主張するとおりである。

ところで、前記乙第七号証、第一四号証、証人田中義忠、同政木武二郎の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、原告が本件建物の三階一一・一〇平方メートル(三・三六坪)を使用していたので、本件起業者らがそこにあつた備品、事務用品等を移転するには貨物自動車一台を必要とするとして補償金一一、〇〇〇円を交付することにしたことおよび右移転費用補償金をもつてとりたてて不相当なものということはできないことをそれぞれ認めることができる(なお、原告が右動産移転費用補償金一一、〇〇〇円を現実に支出しなかつたことは、原告が自ら認めるところである。)。

そうすると、前記(5)動産移転費用補償金の額一一、〇〇〇円が本件建物の対価補償金に当たらないことは明らかである(本件土地の対価補償金に当たらないことはいうまでもない。)。

六、さらに、前記(4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円の全部または一部が本件土地建物の対価補償金にあたるかどうかについて検討する。

一般に収益補償金は、事業について減少することとなる収益または生ずることとなる損失の補填にあてるものとして交付を受ける補償金であるから、対価補償金に該当せず、法人の当該事業年度の所得の金額の計算上益金の額に算入すべきものであることは被告の主張するとおりである。

そして、本件の場合、被告は原告が収益補償金名義で交付を受けた補償金のうち国税庁長官通達「収用等の場合の課税の特例に関する法人税の取扱について」(昭和三八年直審(法)一五六)第一八項の認める範囲で本件建物の対価補償金に振り替えることを認め、原告もそれをもつて足りるとしているのである。

そうだとすると、本件の場合、前記(4)原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円のうち本件建物の対価補償金にあたる部分は、右国税庁長官通達に従つて振替えが認められる部分に限られ、また、右部分は本件建物の対価補償金に振り替えることを相当とするというべきである。

ところで、本件の場合、原告が本件建物の対価補償金として受領した金額が前記(2)、(3)の各補償金合計二〇、六九六、二〇〇円であることは明らかであるので、原告に対する収益補償金三二、四〇〇、〇〇〇円のうち別表記載の式に従つて計算した金額一一、一四四、一〇七円六九銭に相当する金額を本件建物の対価補償金として振り替えるべきこととなる。

七、以上によれば、原告が本件事業年度において本件土地建物の対価補償金として取得した金額は、結局、前記(1)訴外政木武二郎に対する土地対価補償金の額一一三、九一二、九六〇円、(2)訴外政木一郎に対する建物移転費用補償金の額二〇、六八九、七〇〇円、(3)原告に対する建物移転費用補償金の額六、五〇〇円、(4)原告に対する収益補償金の額の一部一一、一四四、一〇七円六九銭、合計一四五、七五三、二六七円六九銭となることが明らかである。

八、本件土地建物の譲渡直前の帳簿価額が別表四記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

九、そうすると、原告の本件事業年度における租税特別措置法第六四条の二に基づく特別勘定繰入限度額は、別表五の算式に従つて計算すると、一三二、六八六、〇三九円六九銭となる。

一〇、ところが、原告が本件事業年度において二〇六、六五四、二六二円を特別勘定に繰入れたことは当事者間に争いがない。そうだとすると、原告の本件事業年度における特別勘定繰入限度の限度超過額は七三、九六八、二二二円三一銭となることが計算上明らかである。

一一、以上を総合すると、原告の本件事業年度の所得の金額は、「申告にかかる所得の金額」(欠損)四二二、五一〇円に「未納事業税引当損の益金算入額」一六、七六〇円および「収用等に伴う補償金の特別勘定繰入額の限度超過額」七三、九六八、二二二円三一銭を加算し、「過誤納市民税の受入額の益金不算入額」二九〇円を減算した七三、五六二、一八二円三一銭であることとなり、被告がした更正にかかる所得の金額(裁決によつて一部取り消された後のもの。)七三、五六二、三一九円を一三六円六九銭下まわることとなる。

そうすると、被告が原告に対し昭和四四年六月三〇日した

1  原告の本件事業年度の所得の金額を七三、五六二、三一九円とする更正(国税不服審判所長が昭和四五年六月三〇日一部取り消した後のもの。)のうち七三、五六二、一八二円三一銭をこえる部分

2  過少申告加算税賦課決定(国税不服審判所長が昭和四五年六月三〇日一部取り消した後のもの。)のうち右七三、五六二、一八二円三一銭をこえる部分に対応する部分

は、いずれも違法であるからこれを取り消すべきであるが、その余の部分に違法なところはないからこれを維持すべきこととなる。

一二、よつて、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 裁判官 春日通良)

目録(一)

1 大阪市東区北久太郎町三丁目一九番地の一

宅地 二九八・五七八四平方メートル(九〇・三二坪)

2 大阪市東区北久太郎町三丁目一八番地 一九番地所在

家屋番号葺同町第六一番

木造瓦 二階建事務所 一棟

建坪 二五七・五八六七平方メートル(七七・九二坪)

二階 二五七・五八六七平方メートル(七七・九二坪)

(ただし、実際は三階建の建物である。)

(以上)

目録(二)

大阪区東区北久太郎町三丁目一八番地 一九番地所在

家屋番号 同町第六一番

木造陸屋根三階建店舗 一棟

一階 二七五・五一平方メートル(八三・三四坪)

二階 二七三・六二平方メートル(八二・七七坪)

三階 二七五・二三平方メートル(八三・二六坪)

(延床面積八二四・三六平方メートル(二四九・三七坪)

(以上)

別表一

<省略>

(以上)

別表<省略>一

<省略>

(以上)

別表三

<省略>

(以上)

別表四

<省略>

(以上)

別表五

(一) 差益割合

<省略>

(以上)

(二) 特別勘定繰入限度額

特別勘定繰入限度額=(補償金・対価または清算金の額で代替資産の取得に充てようとするもの)×(差益割合)

(以上)

別表六

使用建物が店舗である場合における借家人に対する補償=(土地の1坪当たり更地価格×α+建物の延べ面積1坪当たり現在価格×β)×建物の使用坪数

α=0.25をこえない範囲内で適正に定めた率

β=0.4をこえない範囲内で適正に定めた率

(以上)

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